耳をゆわいて
何事にも限りがあるわけですよ。
今日はいきなり何の話なのかというと、当然音楽の話です。
僕はおいしいデザートは最後に取っておくタイプです。
ばーちゃの話によると、戦時中は最初に好きな食べ物(デザート)を最初に食べたもんだ、1分後にはどうなってるかわからないから。明日があるか分からないから。
最後にとっとくおめぇは幸せ者だ。なんて言ってましたが。
まぁ兎に角、何事にも…デザートにも、音楽にも、限りがあると思うと
とても悲しい気持ちになりませんか。
音楽って不思議なもので、聞き込んでるとジャンル、年代を遡っていく事がよくありますよね。
で、そうすると故人の音楽に行き着くわけですよ。
そういう時に寂しいのが、資源が限られてること。
発表されているものが全てで、もうそれ以上は無いと言う事。
身近な例で言えばほら、マイケルジャクソンですよ。
もう、新曲はでないじゃないですか!
ああ、まぁ故人の意思とは関係なく「関係者」が出土してくる奴とかはありますけど。
書籍とかでもそうですよね。訃報があった数年後でも「関係者」が故人の言葉を再編集して出版しちゃうようなの。
書籍でも音楽でも、
本人の意思とは別に世の中に出てくるのはどうなのって思うんですけどね。
故人がその手で、意を決して発表した作品に意義があるんじゃなかろうか。
少し話がそれましたが、僕の大好きなSteelyDanもその一つ。
SteelyDanとしてはもう何十年も作品を発表していないんです。
つまり、もう資源が限られているわけです。あるだけしかないんですよ。
こんな素晴らしいバンドがですよ。
これはね、本当に悲しい。だって、SteelyDanですよ。
あまりに好き過ぎて僕が死んだらCDを棺に入れてもらう予定のミュージシャンです。
例えば…月並みですが音楽を恋人だとしましょうか。
もう作品を発表していないということは、
新たな思い出が増えない…とでもいいましょうか。別れた後、とでも言いましょうか。
つまり僕にはもう振り返ることしか出来ないわけですから。
それはやっぱり悲しいことです。
あの頃は良かったなぁなんて音楽を聴きながら思う毎日なんて嫌ですからね。
出来ることならSteelyDanと一緒に生まれてSteelyDanと一緒に死にたいですよ。
ん?これが桃園の誓い?
まぁつまりSteelyDanをもっともっと聴いていたいのに、あんにゃろうこんちくしょうって…なんつーかな、、。悔しさがあるよね。
まぁけど悪い話ばかりじゃなくてね、僕にはまだフタを開けていない…
取って置きのデザート、切り札があるんですよ。
皆さんご存知でしょうがSteelyDanは個人名に聴こえて
ウォルターベッカーとドナルドフェイゲンのバンドですから、
ドナルドフェイゲンのソロアルバムがあるわけですよ。
コレをね、僕まだに聴いてなかったんですよ!あえて!
さっさと聞けばいいと思うじゃないですか?
それはね。大事に大事に、食べる時を待っていたんですよ!
すぐに食べちゃうなんて節操ないことはしません。
イマダー!ココダー!ってタイミングで聞こうと思って。
ほら、会えない時間が愛を育てるのサって郷ひろみも歌ってたし。
まぁあと本音を言わせて貰えば聞くのがちょっと怖かったんですよね。
これからもまだ聴ける…まだまだ聴けるんだ…!
という思いと、肌に合わなかったらどうしようっていうね、複雑な乙女心ですよ。
メンバーが替わることで作風がガラッと変わるなんてよくある話ですからね。
ベッカーから離れたフェイゲンが急にHIPHOPする可能性もゼロじゃないとは言い切れないわけです。怖いでしょう。
で、この前ね、ついにもう我慢の限界を超えました。
もう俺は聞くぞ!と意を決して、恐る恐る
ドナルドフェイゲンのファーストアルバムの「NIGHT FLY」を聴いてみました。
噂には聞いてましたが、素晴らしいよね。心配は杞憂でした。
これも棺に入れていきます。
ジャケットもいいよね。何もかも完璧。
という訳でアルバムの良し悪しを僕が言うなんて差し出がましい位の素晴らしいアルバム。
その感動の程は膨大な前振りでお送りしました。